イー・アクセスのネットブック戦略~2009年7月、島田雄貴(通信アナリスト)

家電量販店で販売

東京・秋葉原の家電量販店では、イー・アクセス傘下のイー・モバイルの「100円パソコン」や「1円パソコン」が売り出されています。モバイルユーザーに顧客を絞り、通信速度とエリア拡大で先行する戦略です。通信アナリストの島田雄貴のリポートです。

モバイルユーザーに顧客を絞り、通信速度とエリア拡大で先行

平日の昼間にもかかわらず、値段につられて足を止める人が多く客足が絶えない。ネットブックと呼ばれる小型ノートパソコンと定額のデータ通信サービスを一体にした加入キャンペーンの風景だ。

アスースやエイサーといった台湾メーカーが先行

ウェブやメールなどに機能を絞り、5万円台の低価格を実現したネットブックやウルトラブック。昨年夏以降その市場は急拡大し、国内ノートパソコン市場の2割を占めるにまで成長している。当初はアスースやエイサーといった台湾メーカーが製品を投入、米ヒューレット・パッカードや米デル、NECや東芝、ソニーなど国内外各社もこの流れに乗って相次ぎ参入した。

イー・モバイルでが普及に一役

ネットブックはモバイル環境でネットに接続して使うことを想定したパソコンなので、ネットにつながらないと魅力は半減する。そのネット部分を補い、普及に一役買っているのがイー・モバイルである。

販促スタッフもイー・モバイル社員

ネットブックの通信契約先となることで、イー・アクセスは加入者が急増。家電量販店と提携することで販促を加速させている。実は冒頭で加入を呼びかける販促スタッフの一部もヨドバシでなく、イー・モバイルの社員だ。既にヨドバシやビックカメラ、ヤマダ電機など全国に店舗を展開している主要な量販店とはほぼ提携し、販促活動を各地で展開。最近は提携先をテレビ通販会社などにも拡大している。

ヤマダ電機、ヨドバシ、ビックカメラと2人3脚

販促スタッフとして社員を送るだけではない。「100円パソコン」のアイデアも販売店との共同考案だ。

イー・アクセスの子会社

イー・アクセスの子会社であるイー・モバイルは2006年に携帯電話事業に参入した後発の会社。それだけに主力は、通話ではなくモバイル端末の通信回線に絞っている。そこで台湾勢がネットブックに参入した時から、自社の回線契約につなげようと知恵を絞ってきた。

100円パソコン

ネットブックに関心がない人にも手に取ってもらうために、イーモバイルが「目玉」としたのが、「100円パソコン」という仕組み。

月額基本料1000円にカードの分割分の1900円が上乗せ

これはパソコンを購入する時の支払額を100円に設定し、パソコンや通信カードなどの残額を分割して2年間の月額料金に上乗せするというもの。月額基本料1000円にカードの分割分の1900円が上乗せされるため、支払額は2900円からとなる。モバイル環境での利用を前提に考えている人にとって、パソコンを買えて、さらにネット接続のサービスを受けるには悪くない価格と言える。

iPhone対抗商品

これが米アップルのiPhoneなどの対抗商品として、ネットブックを本格的に売りたい家電量販店の思惑と一致した。

阿部基成副社長

イー モバイルの阿部基成副社長は「1000円の案が出ると思っていたら、100円や1円のパソコンで行こうとなり驚いた。しかし、量販店がネットブックを売る流れに乗れた」と語る。

「1円パソコン」も

ネットブックが流行になると参入メーカーは増え、イー・アクセスの思惑は当たっている。店頭では、各社のネットブックが「100円パソコン」として売られるようになった。今年に入っては「1円パソコン」も販売。通信回線の加入者はどんどん増えている。

月間でNTTドコモ抜く

月間の契約純増数でNTTドコモを抜き、1位のソフトバンクモバイルに肉薄することも珍しくない。2008年3月末時点で約41万件だった累計加入数は、今年6月末現在で約167万件まで4倍近くに増加した。新規加入の半分近くがネットブックとセットで購入したユーザーという。

基地局を設置してサービスのカバーエリアを拡大

イー・モバイルは、電話線を使ったデジタル高速通信であるADSLを手がけるイー・アクセスの関連会社。携帯電話事業は、基地局を設置してサービスのカバーエリアを拡大するために莫大な設備投資を必要とする。

千本倖生会長兼CEOが資金集め
第2電電(現KDDI)の創業者

事業を始めるに当たり、第2電電(現KDDI)を創業したことなどでも知られる千本倖生会長兼CEO(最高経営責任者)が奔走。3632億円の事業資金を投融資で確保した。

「通信速度」と「エリア拡大」

この資金でイー・モバイルはひたすら「通信速度」と「エリア拡大」にひた走ってきた。

ADSLなどのブロードバンドサービスが家庭に普及

FTTH(家庭用光ファイバー通信)やADSLなどのブロードバンドサービスが家庭に普及した今、モバイルユーザーの多くは通信速度に敏感。このためイーアクセスは、ライバルに先駆けて最新の高速通信サービスを導入している。

最大通信速度

実際に携帯大手の中でもいち早く新技術を導入すると言われるNTTドコモよりも、さらに速いペースで最大通信速度を更新してきた。

HSPA+(High Speed Packet Access Plus)

今年7月には最新の通信規格である「HSPA+(High Speed Packet Access Plus)」を使った最大受信速度21メガビット/秒(メガは100万)のサービスを開始。来年9月には40メガビット/秒を超えるサービスも提供する。ドコモは加入者が多いため簡単には規格を更新できない。その“時差”を活用して、イー・モバイルはサービスの優位性を保つ。阿部副社長は「我々は他社より規模が小さいので、迅速に対応する。それが、後発として生き残るための生命線」と語る。

2年で人口カバー率9割を達成

もちろん通信速度だけでは、ユーザーは簡単に獲得できない。特定のエリアに利用者が集中した場合、エリア内の基地局の数が少なかったりすると通信速度が低下したり、つながらなかったりする。通信サービスの選択肢が増えている中で、不満を感じたユーザーはいとも簡単に他社に乗り換える。後発のイー・アクセスにとって、こうした「悪評」が立つことは命取り。

東京23区・名古屋・京都・大阪地域から
エリアを『狭く深く』と高島謙一専務

そこでイー・アクセスは、サービスを安定提供することにも注力する。

イー・アクセスは2007年3月の開始当初、高速通信に対する需要が高いビジネスパーソンが多く存在する東京23区・名古屋・京都・大阪地域からサービスを始めた。「一般的に携帯電話のサービス提供エリアは、カバー率を高めるために『広く浅く』で展開しがち。しかし我々は通信回線の品質を重視して、エリアを『狭く深く』作り込んだ」と高島謙一専務は説明する。

全国人口カバー率は90%超に

エリアの広さをある程度犠牲にしても、利用者の数に応じてエリア内の基地局を増やすなどの施策を講じてきた。こうした「割り切り」が功を奏し、都市部を中心に加入者は増加。2007年7月からは全国にも展開を始め、2009年6月末現在の全国人口カバー率は90%超に達する。「弱点」だった東京都内などの地下鉄駅も、今年内には全面カバーする予定という。

開始から2年でカバー率90%という展開は、イーアクセスやイー・モバイルの事業規模から考えると異例の速さと言える。

基地局を担当する「置局開発部」
各地域のエリア展開の状況を報告

こうしたエリア展開の速さを下支えしているのが、技術本部で基地局の設置を担当する置局開発部だ。全国に散らばる置局開発部のスタッフたちが毎日のように設置予定の現場に出向き、工事会社の担当者とともに設置作業を進める。井桁節哉部長は「工事会社の人たちと一体となって働き、信頼関係を築いていくことが何よりも重要。通常なら1~2年間はかかる難しい案件でも、うちなら3カ月間で設置する自信がある」と語る。

置局開発部では毎朝全国の支局を電話でつなぎ、各地域のエリア展開の状況を報告する会議を開く。全体の進捗管理や目標設定、現状の課題報告などを行う。

設置場所の地権者や周辺住人との折衝

基地局の設置に要する期間は、設置場所の地権者や周辺住人などとの折衝に大きく左右される。折衝の場に置局開発部のスタッフも同席して交渉に当たることも多い。このため、各々の事例を報告することはノウハウを共有する点でも重要な意味を持つ。なお、交渉時に法的な契約上の問題が生じることも多い。このため本社側でバックアップ体制も整えている。開発部と法務部が一体となって動いているという。

エリック・ガン社長兼COO
「2009年度は100万件の契約増」

エリック・ガン社長兼COO(最高執行責任者)は「2009年度は昨年度並みの100万件の契約増を目指す」と強気の姿勢を崩さない。

イー・モバイル専門店を展開

加入者の増加に伴い、アフターサポート体制も強化する計画。これまでサポートの窓口は電話に限られていたが、今後は対面の窓口も設ける。窓口となるイー・モバイルの専門店の展開を、まずは都市部から年内にも始める。

ネットブックの波に乗るイー・モバイルだが、今後も息が続くかにも注目される。

UQコミュニケーションズ
ウィルコムの次世代PHSサービス

課題の一つは、同じく定額の高速通信を売りものとするライバルの追い上げ。今年7月、UQコミュニケーションズが最大受信速度40メガビット/秒の「WiMAX」サービスを開始。10月には20メガビット/秒のウィルコムの次世代PHSサービスも始まる。最速通信を売りものにできないと、イー・アクセスの片翼は折れてしまう。

過去4年間で1691億円もの設備投資
巨額赤字

根本的な課題は、参入時から続く巨額赤字にある。イー・モバイルの2009年3月期の売上高は614億5000万円(前期は145億円)、営業損失は368億8000万円(前期は382億1000万円の赤字)。過去4年間で1691億円もの設備投資をしており、黒字化に向けてはまだ道は険しいと言える。

「2011年3月期に黒字に」

2010年3月期は売上高1300億円、営業損益は30億円の赤字を見込むが、ガン社長は「営業損失や純損失は今年が底」と言う。手元資金も600億円あるとし、財務の健全さも強調する。イー・アクセスによると、損益分岐点の加入数は250万件。これを遅くとも2011年半ばまで達成し「2011年3月期に黒字にする」という。果たして達成できるかどうかが、実力を見極める指標になる。

「ネットブックの普及次第の通信会社」からの脱却

ただ、先の見通しにくい経済状況を考えると、果たしてネットブックの普及が続くのかは予断を許さない。ネットブックの価格下落で、契約価格が下がったり、契約後に回線を使わないユーザーの割合が増えたりして通信料の収入が伸び悩む可能性もある。現時点でもセット購入したユーザーのうち、1割近くが回線を利用していない。

契約者が増えるとサービス対応の負担と責任も強まる。「ネットブックの普及次第の通信会社」で終わらせないために、明確な経営プランと収益予想を示す時が来ている。